利用者のGです。
今回は固有名詞について、私のエッセイを書いていきたいと思います。
固有名詞はこの世に溢れんばかりに存在する。
「あのおいしいケーキの店の名前なんだっけ?」「あの俳優の名前が思い出せん」など、日常でも私たちは固有名詞を思い出そうとする。
そして、その固有名詞が思い出せると詰め物が取れたかのようにスッキリする。
それだけ、私たちは固有名詞に依存して生きている。
人類が固有名詞を発達させてきた理由は「便利だから」に尽きるだろう。
「ターミネーター」を説明するなら「シュワちゃんが主役としてサイボーグを演じてる映画」という感じだろう。
しかし「主演はシュワちゃんで…」と長々と説明するのは、口頭でも文章でも面倒である。
だが「ターミネーター」という固有名詞を使えば、そのめんどくささは一瞬で解消される。
口頭だろうが文面だろうが「ターミネーター」という一語で全て解決できる。
意思伝達において、固有名詞は非常に楽であり手間が省けるのだ。
しかし、固有名詞に依存すると、何事においても表面的な浅い理解で終わるリスクもある。
学校の社会科のテストも、その例であろう。
「第二次世界大戦の戦後処理であるヤルタ会談には、英国と米国とソ連の首脳が出席した。この三国の首脳の名前を各国ごとに答えなさい」という問題がテストで出るとする。
「英国がチャーチル、米国がルーズベルト、ソ連がスターリン」と書けば正解。
赤点は取りたくないので、こういった人名などの固有名詞を嫌でも必死に覚える。
しかし、これは固有名詞を闇雲に暗記してるだけであり、すぐに忘れてしまう。
こうなる原因は「固有名詞を覚えないと点が取れない」という、テストの根本的な構造や仕組みではないだろうか。
名称を一字一字正確に暗記するより、その固有名詞の理解を重視すべきだと思う。
細かい暗記に執着して、理解が疎かになっては本末転倒である。
テストでないのなら、11世紀後半のローマ教皇グレゴリウス7世による「グレゴリウス改革」も無理に名称を覚えずに「11世紀後半のローマ教皇が改革を行った」と人名を省いても問題ないだろうし、29歳で世界史を学び直している私もそうしている。
試験なら「グレゴリウス7世」と一字一字間違えずに書く必要があるだろうけど…
固有名詞は、人類にとって不可欠な存在であり、大変に貴重なのは間違いない。
しかし、いったん固有名詞へのこだわりを捨ててみることで、新たな角度から物事が見えてくるかもしれない。
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