2016年4月31歳になっていたぼくは拠点を移し工業地帯で現地の建設業2代目の補佐をしていました。
完全日勤となり給与はほぼ据え置きに惹かれ転職し事務に現場に飛び回り既に戦力として働き最短で職長教育を抜け有機溶剤や建機免許工場資格を揃え職人たちとの関係も上々で平日は段取り世間的な休日には工事と充実した日々をおくっていました。
ここから数年は作業員監督両面で活躍します。悲劇の足音はすぐそこまでせまってました。
35歳となり僕は一人で段取り工事後処理をすべてこなし現場のない日は協力会社の手伝いを無償で行うようになっていました。まぁ騙されていいように使われていたんですね。ここらはもういい歳してるのにいいようににされていた僕もわるかったです。月給はもらっていましたがほんらいならもう50万くらいはさいていでももらうべきでした。
結局この頃も家庭を持つ責任感がたりなかったんですね。
7月の暑い日
一度は手放したはずの工場のメンテの仕事を再び請けていました。世間では3人ほど亡くなった暑い日
ぼくは3日目の作業に取り掛かっていました。
外気温38℃室温78℃くらいだったと思います金属を触ると火傷するような環境の中クーラーボックスにお尻を浸しながら強引に作業を終わらせ、フラフラの中運転を部下に任せて帰路につき帰りのコンビニで意識を失いました。この時無理に事務所まで耐えてたら恐らく死んでたでしょう。悪運が強い。何となく意識はを取り戻し病院で出た診断は熱射病からの多臓器不全。即入院となりました。
この時排尿が出来なくなり急性アルコール中毒で聞くものすごく痛いあれを経験しました。
経験ひた人は判ると思いますが不快さだけなら人生で一番です。半身まひを経験した今も不快さでは一番です。
ただ半身麻痺か選ぶなら流石に管を通します。
数翌日一通り検査し主治医から説明を受けます。
診断の通り臓器が正常に機能せず、僕の場合は臓器が溶けかけていて最終的に心臓に影響が出たという物でした。
一旦しばらく入院して様子を見るということで半月から一月になるだろうと宣告されました。労災相当は確定していたので平穏な入院生活を過ごし特に異常も感じられず2週間程度で隊員が決まり退院当日事件は起きます。
もう退院なのに僕の心臓の動きが倒れる前とは違うことにきづいたのです。たまに来る診察では判らなかった異常がせまっていました。緊急検査が入り数日の入院延長となり、新たに出た診断は心房細動粗動。
高齢者がなりやすい心疾患ですが原因が原因なので早い時は分160遅い時は0-10みたいな極端な物でした。
治すには心臓手術しかないとなり体力を回復するために半年以上の自宅療養となりました。まあ次の週には現場に戻されまたすぐ倒れる事となります。
そこからはさすがに会社と険悪になりしっかり休ませてもらい私生活で自分がどこまで動けるのかの確認をしつつりょうようとなりました。火に30km走ってた男はついに1時間歩くだけで倒れるようになってました。
まあでも命を懸ければまだ全力で走れたので今よりはまし。
そして一度目の手術を経験し何度か現場に戻った後、症状は改善しませんでした。
ここで現場を諦め現場員としての自分は終わる事になります。
この後右往左往し遂にリシークと出会います。
明日からは事務員編となります。
いつも読んで頂きありがとうございます。
無理に働いてもいいことないので何かつらい働き方していたらすぐ頼ってくださいね。
必ず改善しますので。それでは
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