森鴎外という作家は、皆さん学生時代に少なくとも国語の時間に一回は聞いたことがあると思います。
「阿部一族」「高瀬舟」などの作品を世に出した小説家として有名ですよね。
実は彼は東京大学医学部卒業のバリバリの陸軍の軍医さんだったんです。本名は森林太郎。ここまでは学校の国語では教えてくれないですよね。
彼は栄養の世界では歴史に残る大事件を起こしているんです。
脚気(かっけ)
今では言葉さえ聞かなくなりましたが、昔、「脚気」という病気がありました。
江戸時代には田舎の人が江戸に行くと足が浮腫んでしびれが出るので「江戸患い」といわれていました。
大正時代にこの脚気が陸軍で大量発生しました。
そこで森林太郎はこれは細菌で感染していると判断してしまいました。
一方で、同時期に同じように脚気に悩まされていた海軍では軍医の高木兼寛が脚気の原因が食事ではないかと考え、
明治16年(1883年)末より軍艦森鴎外という作家は、皆さん学生時代に少なくとも国語の時間に一回は聞いたことがあると思います。
「「阿部一族」「高瀬舟」などの作品を世に出した小説家として有名ですよね。
実は彼は東京大学医学部卒業のバリバリの陸軍の軍医さんだったんです。本名は森林太郎。ここまでは学校の国語では教えてくれないですよね。
彼は栄養の世界では歴史に残る大事件を起こしているんです。
脚気(かっけ)

今では言葉さえ聞かなくなりましたが、昔、「脚気」という病気がありました。
江戸時代には田舎の人が江戸に行くと足が浮腫んでしびれが出るので「江戸患い」といわれていました。
大正時代にこの脚気が陸軍で大量発生しました。
そこで森林太郎はこれは細菌で感染していると判断してしまいました。
一方で、同時期に同じように脚気に悩まされていた海軍では軍医の高木兼寛が脚気の原因が食事ではないかと考え、
明治16年(1883年)末より軍艦「筑波」が遠洋航海の準備をしていることを知った兼寛は「筑波」の遠洋航路を食料改善の実験航海とすることを提案し、明治15年(1882年)に出航した遠洋航海で脚気が多発し問題となった軍艦「龍譲」と同様の航路に変更させ、自説の「食事改善による脚気予防」の比較実験とさせました。明治17年(18884年)月に出航したハワイ行きのこの航海演習では、脚気の罹患者は激減し、実に死者はゼロとなったのです。
その後、海軍における”脚気”新患者数、発生率、および死亡数は明治16年(から同18年(1885年)にかけて激減しました。
海軍カレーの登場

そんな中、イギリス海軍で採用されていたカレーが、栄養バランスが良いことや、調理が簡単で大量に作れること、そしておいしいという理由から、日本の海軍でも採用されることになりました。当初はイギリスを真似してパンにつけて食べていましたが、パンが不評だったため、ごはんにかけるようにしたと言われています。
西洋の料理を日本人の口に合うようアレンジした一つの知恵です。これが今も日本で食べられているカレーの原型です。
さらに副食として、サラダ、牛乳、ゆで卵などがつけられたことも特徴の一つです。明治41(1908)年には、海軍が料理レシピをまとめた「海軍割烹術参考書」が発行され、全国の海軍内にカレーが普及していきました。その伝統は海上自衛隊にも引き継がれ、今では海軍の船内ではカレーが金曜日の定番メニューとなっています。
脚気はビタミンB1不足で起こる
その後、栄養学の研究が進み、脚気の原因がビタミンB1不足ということがわかりました。
ここにもドラマがありました。
1911年に、米ぬかの中に脚気を予防する新規成分が存在することを示した世界最初の論文が東京化学会誌に掲載されました。この時点では成分は解明できておらず、論文中では「該有効成分を仮にアベリ酸(Aberisaure)と命名され、化学的性質の判明したる後、さらにこれを改正せんと欲す。」という記述があります。

その結晶が分離できたのは15年後のオランダでした。さらに構造が決定されたのは25年後の米国で、また命名に関しても、この物質の発見を鈴木と競ったC. Funk(ポーランド)の提唱した「Vitamin(e)」が採用されてしまいました。しかし、鈴木のような一世紀も前に欧米との競争に立ち向かい、ノーベル賞候補として推薦されるまでになった研究者が日本にいたということを覚えておいていただければと思います。
実は鈴木の業績はビタミンB1の発見にとどまりません。「産業の発達は科学の進歩により達成される」 という信念のもと、農林水畜産業・農産製造業の体系化、技術の発明・改良に奔走しました。東京大学農学部の教官を務める傍ら、理化学研究所で行ったビタミン、薬品、酒の基礎・応用研究、さらには「国民糧食の安定及び改良」という標語のもとに進めた各種加工技術の発明、日本最初の育児用粉ミルクの開発なども、世界に誇る高品質な製品を生産する日本の食品産業創出の先駆けとなりました。
鈴木梅太郎は出身が静岡で、静岡大学には鈴木の胸像があり、県内ですばらしい理科研究論文を書いた中学・高校生には名誉ある「鈴木梅太郎賞」が贈られており、その名前が後世まで脈々と伝えられています。
以上
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